訪問③

本日は、二人の方を訪問。
一人は、Simon Niemeyerという現在ANUのポスドク研究員の人。環境問題における熟議民主主義と、合意や選好の変容の問題とを主に議論しているようです。下記の論文を読んで、いくつか話をしました。


John S. Dryzek and Simon Niemeyer, "Reconciling Pluralism and Consensus as Political Ideal," American Journal of Political Science, Vol. 50, No. 3, 2006.


この論文は、闘技民主主義者のように合意を敵対視するのでもなく、ロールズなどのように事実上リベラルな価値観を前提として合意を考えるのでもなく、多元性と両立する合意のあり方について模索しようというもの。著者たちは、選好を、「価値value」「信念belief」「表出された選好expressed preference」の三つのレベルに分け、それぞれにおける合意を「規範的コンセンサス」「エピステミックコンセンサス」「選好コンセンサス」と呼びます。さらに、著者たちのポイントは、このそれぞれについて、「メタコンセンサス」と呼ぶべきものを措定できる、ということです。すなわち「価値」については「対立する諸価値の正統性の承認」、「信念」については「対立する信念の信用性の受容」、そして「表出された選好」については「対立する選択肢の性質についての同意」という意味でのメタコンセンサスが考えられます。
 要するに、「価値」「信念」「表出された選好」のそれぞれの内容においては不一致(=多元性)が存在しても、各レベルにおいて「メタコンセンサス」が成立し得るというのが、著者たちの主な主張です。
 ただ、個人的には、「表出された選好」のレベルでのメタコンセンサスというのがちょっとわかりづらく思いました。これはかなり具体的な選択肢のレベルでの話ですから、例えば「道路建設賛成」と「反対」という「表出された選好」について、このレベルでのメタコンセンサスというものが成り立つのでしょうか…というようなことを聞いてみたのですが、またもや僕の英語能力の低さゆえ、回答についてはあまりよくわかりませんでしたorz。「社会的選択」の話とも関連しているように書かれているのですが、そちらは必ずしも本筋ではない…と言っていたようではあるのですが…。


 もう一人は、Bora Kanraというやはりポスドク研究員の人です。Dryzek氏の本の中に、このKanra氏の「社会的学習としての熟議民主主義」という議論が紹介されていて、Dryzek氏にこの議論が興味深いと言ったら、紹介してくれたのでした。
 Kanra氏はトルコ出身で、ANUで、"Deliberation across Difference: Bringing Social Learning into the Theory and Practice of Deliberative Democracy in the Case of Turkey"という博士論文を書いています。熟議民主主義の議論では、しばしば「意思決定」との関係に焦点が当てられ、「複線(二回路)モデル」においても例外ではありません。が、Kanra氏は、そのような意思決定のルートとは直結しない相互理解を深める(社会的学習)ための熟議民主主義というものも考えられ、深刻な社会的対立の存在する「分断された社会」では、この意味での熟議民主主義こそが重要なのだ、と論じられているようです。
 非公式なレベルでの熟議民主主義を重視している(つもりの)僕にとっては大変興味深い議論です。博論の原稿も送っていただいたので、読んでみようと思います。今原稿をまとめている最中の熟議民主主義本にも何らか影響を及ぼすかもしれません。