お買いもの

雑誌『レヴァイアサン』の最新号を購入。特集は「『熟議』をめぐる実証研究」。

レヴァイアサン 61号(2017 秋) 特集:「熟議」をめぐる実証研究

レヴァイアサン 61号(2017 秋) 特集:「熟議」をめぐる実証研究

Jonathan Floyd, Is Political Philosophy Impossible? Cambridge University Press, 2017を購入。'Normative Behaviourism'を提唱する。
Is Political Philosophy Impossible?: Thoughts and Behaviour in Normative Political Theory (Contemporary Political Theory)

Is Political Philosophy Impossible?: Thoughts and Behaviour in Normative Political Theory (Contemporary Political Theory)

お買いもの

現代思想』2017年12月号。特集は「人新世」ということで、最近よく見るAnthropoceneって、このことかと、ようやくわかった次第。

現代思想 2017年12月号 人新世 ―地質年代が示す人類と地球の未来―

現代思想 2017年12月号 人新世 ―地質年代が示す人類と地球の未来―

お買いもの

シュトレークの翻訳が出た。

資本主義はどう終わるのか

資本主義はどう終わるのか

ハーヴェイの同じようなタイトルの本も出ていた。
資本主義の終焉――資本の17 の矛盾とグローバル経済の未来

資本主義の終焉――資本の17 の矛盾とグローバル経済の未来

再帰性本も。
再帰的=反省社会学の地平

再帰的=反省社会学の地平

アンサー・ソング?

 ここのところ、尾崎豊の「僕が僕であるために」をミスター・チルドレンがカバーしたバージョンを聴いていた。しばらく聴いていると、ふと、GLAYの「Street Life」のことが思い浮かんだ。もしかしたら「Street Life」は「僕が僕であるために」のアンサー・ソングあるいはオマージュ的なものとして書かれたのではないか、と思ったのだ。
 Street Lifeは、GLAYの中でも僕が好きな曲の一つなのだけど、これまでそんなことを考えたことはなかった。でも、今になって歌詞を見比べてみると、モティーフがよく似ていると感じる。モティーフだけでなく、締めの部分なんて、もう明らかに「僕が僕であるために」を意識した詞としか思えない。「うわ〜、どうして今になってそんな風に思うんだろう?!」という感じがする(笑)。
 僕の素人理解では、両者の違いは自己像にある。あくまで「僕」自身にこだわり、「僕」に回帰していく尾崎に対して、GLAYでは「あなた」の存在が大きい。僕の好きなGLAYの詞からは、「『自分』のあり方は他者に依存している」というメッセージを読み取ることができるのではないか、と僕は思っている。「Street Life」にもそういうところが出ていると感じる。

お買いもの・読書

今頃になって、雨宮まみ『女子をこじらせて』(ポット出版、2011年)を購入し、読了。

女子をこじらせて

女子をこじらせて

香山リカさんと北原みのりさんのこちらの本も買って、少しずつ読んでいる。

第18回社会政治研究会のご案内

下記の要領で、第18回社会政治研究会を開催します。どなたでも参加できます。


日時 2017年11月16日(木)18:00〜20:10


会場 名古屋大学全学教育棟(情報学部)北棟4階406(多目的講義室)
  (www.i.nagoya-u.ac.jp/access左下の「情報学部・全学教育棟」
   北側玄関から4階に上がり、エレベーターを降りて左手へお進み下さい)


《第一報告》
福井康貴(名古屋大学)「長期雇用の時点間比較」


《第二報告》
隠岐さや香名古屋大学)「社会科学と「蓋然性」(probability)の思想史――証言・実験・数学」


飛び入り参加も歓迎いたしますが、準備の都合上、事前に上村
(kamimura[at]lit.nagoya-u.ac.jp)まで御一報いただければ幸いです。
なお、終了後の懇親会もぜひ御予定下さい。

【運営委員】
大岡頼光(中京大学)、上村泰裕(名古屋大学)、田村哲樹名古屋大学)、山岸敬和(南山大学

籠球館の思い出

 かつて、広島市に「籠球館」というバスケットボール専門の店があった。小さいお店だったけど、何しろバスケットの「プロショップ」。広島でバスケットをやっている人たちの多く(ほとんど?)が足を運んだことがあるのではないだろうか。オリジナルのシューズケースを持っているのは、バスケットをやっていることの証明のような感じだった。あのロゴが、かっこよくて、そして少し誇らしかった。
 僕の場合、籠球館は、自宅から比較的近くにあったこともあり、中二くらいからよく通うようになったと思う。中学生の頃は、そこでバスケット専門ブランドのTシャツ、ソックス、各種グッズを見るだけでも、心が躍って楽しかった。時々、バーゲン・セールみたいなのもあり、デッドストック的な古めのバッシュが安い値段で出ていたりして、それを普段履き用に買ったりした。大学生になって広島を離れても、帰省時に立ち寄ったり、場合によってはシューズを発送してもらったこともある。
 店長(?)のNさんのことを具体的に認識したのは、高校生になってからである。Nさんは、優れたバスケットの審判でもあり、高校生の大会でもよく笛を吹かれていて、そこで具体的に知り合うことになったのだと思う。Nさんのレフェリングはとても厳密かつ公平で、僕たちは全幅の信頼を置いていた。中国地方大会出場がかかったある試合の後に、「(大接戦が多いから)お前らの試合は、いつも大変なんだよ〜(笑)」と言われたのを、今でもよく覚えている。多分、誉めていただいたのだと思っている。
 大学で学部を卒業して、次第にバスケットから遠のく中で、籠球館を訪れることもなくなっていった。でも、帰省した時にバスの中から眺めていたはずだった。ところが、気づいたらいつの間にかなくなっていた。いつなくなったんだろうとネット検索してみたら、2004年には既になくなっていたという情報があった。そんなに前だったんだろうか。
 現在、広島には別のバスケットの専門店があるらしい。