next ten years

なるのがとても嫌だった30歳の時、僕には既に生後半年の子ども一人がいた。
「子どもが生まれるまでに何としてもある程度メドのついたドラフトを書かねば」と思って、かなり必死になって、子どもが生まれた1カ月近く後(00年3月下旬)の時点までに第一稿を書きあげ、その後直して、00年9月に紀要の編集委員会に連載第一回の原稿を提出し、同年12月に刊行されたのが、「現代民主主義理論における分岐とその後(一)」『法政論集』185号、2000年。以後、187号、188号と連載されたこの論文が、『熟議の理由――民主主義の政治理論』(勁草書房、2008年)の第1章〜4章(つまり過半数)となった。
最近、ある知り合いの政治学者が「00年代に熟議民主主義がこれほど流行るとは思わなかった」と言っていたという話を聞いたのだけれど、それはもちろん、僕だって流行るとか流行らないとか思って、上の論文を書いていたわけではない。
前にも書いたことがあるかもしれないけれど、大学院時代の指導教員は、博士論文を書いた後、「次はもっと経験的な論文を」という要望を持っていたようなのだけれど、僕は、「今は、これしかできません」と言って、上の論文あるいはその次(の次かな)に書いた「現代政治理論と公/私区分」『法政論集』195号、2003年(のちに、拙著『政治理論とフェミニズムの間』(昭和堂、2009年)の第2章として所収)などの「路線」に突き進んでいったのだった。


それで今に至っている。


ついに40歳となってしまい、次の10年はどうなるだろうかと、ちょっとは考える。大学院時代の指導教員は、「10年単位で研究を考えなさい」と言っていたように思う。しかし、どうも僕にはおよそ「計画的」という言葉が似合わないようなのである。
もちろん、5年10年先のことを全く考えていないというわけではない。でも、そのことの考慮よりも、「今ここ」にどうしても関心が向くというか、何とかこなしていくスタイルになってしまうのだ。
だから、多分僕は次の10年間を計画通りに過ごすことができない。
かといって、僕は、やりたいことが次々と浮かんできて仕方がない、というタイプでもない。それは学者の理想なのだろうけれども、自分には無理なのだ。
でも、「あの人は研究者としては終わってしまったね」と言われるようにはなりたくない。
だから、がんばろうと思う。立ち止まってしまったら、そこで終わり。年を重ねるにつれて、「衰え」が出てくることは避けられない(だから、20代の大学院生クラスの人々も、不必要に「年配者」を批判することは、あまりほめられたものではないと思う。20年後にその位置にいるのは自分かもしれないのだから)。でも、自分にはできることがあると信じて、やり続けるしかないと思う。プロのスポーツ選手はいつかは引退する。だが、研究者はほぼ一生現役である。そのプレッシャーに、時には楽観的に時には悲観的に向かい合い続けることだけが、研究を心から「楽しい」と思うことはない研究者が、それでも、生涯現役の研究者でいられるための条件であると思っている。

熟議の理由―民主主義の政治理論

熟議の理由―民主主義の政治理論

政治理論とフェミニズムの間―国家・社会・家族

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