昨年亡くなった山口定先生について、ブログに書く機会がなかったので、多少のことを記しておきたい。なお、文章はあまり精緻ではない。どうかお許しを。
僕は山口先生とお会いする機会は一度もなかった。しかし、母からよく名前を聞いていて、またその母の影響もあって学部生時代にドイツ政治に興味を持っていたつもりでいたころに、山口先生の本をいくつか読んでいたこともあって、自分の中では、いつも参照すべき研究者であり続けていた。
元々歴史の勉強をしようと思って大学に入学し、しかし今思えば全く自分の不勉強のために歴史の勉強をどうやればいいのかわからず、とにかく「理論」を勉強しなければいけないのだと思っていた頃、山口先生の『政治体制』(東京大学出版会、1989年)は、自分にとって「理論的な本とはこういうもの」という手本となる本であったように思う。正確に言うと、圧倒的な読書量の不足の中で、自分が読んだ数少ないちゃんとした政治学の学術書、と言うべきかもしれないけれど。
もちろん(と言えるほどの勉強家ではなかったのだが)、『ヒトラーの抬頭』(朝日文庫、1991年)、『ナチ・エリート』(中公新書、1976年)、『現代西ヨーロッパ政治史』(共著、有斐閣、1991年)、『現代ヨーロッパ政治史(上)(下)』(福村書店、1982年、1983年)、翻訳のK・ブラッハー『ドイツの独裁』(岩波書店、1975年)といった、ドイツ政治関係の本、さらにはやはり翻訳のシュミッター/レームブルッフ編『現代コーポラティズム一1,2』(木鐸社、1984年、1986年)、も読んではいた(間違いなく山口先生の代表作である『ファシズム』(有斐閣、1979年)も、どこかのタイミングで読んでいるのだけど、それが学部生時代であったのか大学院に入ってからだったのか、思い出せない。多分、後者だと思う)。でも、最先端の概念を縦横無尽に駆使しつつ、「自由民主主義」にこだわった『政治体制』が、自分にとっては、最も印象深い本であった。
山口先生の議論の仕方は、今見直すと、類型論的ないしパターン解明的であるように思う。ある概念について、その多義性に留意しつつ、その概念の下に括られ得るいくつかの異なる類型/パターンに注目する、というのが先生の基本的スタイルだったのではないだろうか。それは、今日の因果関係説明型の理論やモデル全盛の時代には、やや古臭いものに見えるかもしれない。しかし、恐らく山口先生は、ファシズムの批判的研究者として、「自由民主主義」と「ファシズム」――そして「社会主義」――という、二つないし三つの「政治体制」の異同という問題にどうしても取り組まざるをえなかったのではないか。『政治体制』における、次のような「信仰告白」、すなわち、「著者は、ここで『自由』と『民主主義』を基本的な規範的構成原理とする『自由民主主義体制』がその現実の展開のなかで露呈している限界を指摘したばかりでなく、それが持つ、社会構造や経済構造によっては規定され尽くしえない独自性と積極的に評価すべき価値とを強調したことになるからである」(viii頁)という一節は、ファシズムと社会主義の間で「自由民主主義」に賭けた先生の想いがよく伝わってくるところであるように思われる。
山口先生はまた、著作の「はしがき」や「あとがき」で、自分の抱えた苦悩を率直に示されていたように思う。『ヒトラーの抬頭』のあとがきでは、自分が政治学と歴史学の「二足のわらじ」を履いてしまっていることのもどかしさを書かれ、『政治体制』のはしがきでは、「いささか複雑な思いで見守っていた日本における政治学の新しい世代に属する人々」(vi頁)と書いている。
僕はここ数年、「自由民主主義」にこだわるようになっている。念頭にあるのはクロフォード・B・マクファーソンであり、マクファーソンに「リベラルな」社会主義の構想を重ねたであろう田口富久治先生であった。しかし、山口先生もまた、『政治体制』ではマクファーソンの議論を下敷きにされている。「自由民主主義」について、その意義を安易に否定することなく、しかし同時に、それ以外の原理や体制との関係で思索しようとする者にとって、マクファーソンは欠くことのできない参照点となるのだろう。
拙共編著の『模索する政治』(ナカニシヤ出版、2011年)の序章は、マクファーソン、それを受けたクラウス・オッフェ、そして山口定の議論を意識しながら書いたものであった。おそらく、山口先生の手元には届いていなかったと思うけれど。
2012年8月に、山口先生のかつての職場であった大阪市立大学法学研究科で集中講義を行う機会に恵まれた。もちろん、先生はいらっしゃらなかったけれども、僕にとっては、学恩に対するささやかな恩返のつもりでもあった。
遅ればせながら、ご冥福をお祈りする次第である。
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