自分の分野

 自分の分野が何なのかという問題は、僕にとっては、積年の悩ましい問題である。僕の名前を知っているたいていの人は、僕のことを、「政治思想」「政治哲学」(または「社会哲学」とか「法哲学」(!)とか分類分けされているのを見たこともあるけど)の人だと思っているだろう。
 ただ、僕自身は、自分を政治「思想」とか「哲学」とはアイデンティファイできずにいる。その理由は、一義的には、自分は政治思想(史)を研究するために大学院に入ったわけではなく、実際、政治思想(史)については、ほとんど勉強していないことに拠る。ついでに言うと、今自分が学部で担当している専門科目は、「政治過程論」である。投票行動論とかのことは、扱っていないけれど。なお、一年生向けには、共同で「法と政治の思想」という授業もやっている。多分、「政治過程」とか「政策過程」と名の付く授業と、「思想」と名の付く授業を両方やっている人は、そんなに多くないだろう(・・・と書いて、同門出身のT大のKYさんも同じような担当の仕方だったなあ、と思いだす。彼の方が現代政治分析よりで、僕の方が政治思想よりであることは確かだけど。まあ、そういう「学派」なのであるw)。
 他方、現代政治分析の何かの分野の研究者として自分をアイデンティファイするのも、それはそれで難しい。何より僕には、「現代政治の経験的分析です」と言えるような業績がほとんどない。強いて言えば、宮本太郎編『比較福祉政治』(早稲田大学出版部、2006年)所収の「ジェンダー平等・言説戦略・制度改革」くらいである。これ以外の自分の書いたものを、「現代」についてのものとは言えても、「経験的分析」とは言えないだろう。経験的分析と「切り結んで」いるものとしては、『熟議の理由』(勁草書房、2008年)の第6章とか、小野耕二編『構成主義的政治理論と比較政治』(ミネルヴァ書房、2009年)所収の「熟議による構成、熟議の構成」、さらには、宮本太郎編『自由への問い2 社会保障』(岩波書店)所収の、「ベーシック・インカム、自由、政治的実現可能性」あたりがある。しかし、経験的研究と「切り結ぶ」ことは、経験的研究そのものとは違う。
 よく書いていることだが、こういうポジションにはメリットもなくはない。つまり、一方の、政治思想系の人たちには経験的研究への土地勘もある人間として必要とされることがあり、他方の、経験的研究の人たちには、自分たちの研究を補完する何かを提供してくれそうな人間として必要とされることがある、というわけだ。それはそれでありがたいことなのだが、やっぱり、何というか「王道」ではないのだろう感は否めない。「ニッチ研究者」なのである。
 まあ、そういうわけで、政治学の中で自分の分野は何なのか、というのは、積年の悩みなのである。ただ、最近は、やっぱりこれでいくしかないのだろうし、それはそれで大事なことなのではないか、という気もしなくはなくなっている。それはきっと、ANUに来たことと無関係ではない。もともと、ここに来た主たる理由は、上記のような自分スタイルに何か確信を与えてくれるものがあるのではないか、ということだった。というのは要するに、John Dryzek氏のスタイルが、自分には最も近い者のように思われていたから、ということなのだが。もちろん、(残念ながら?)やってきたからと言って、自分のスタンスを支える確固たる方法論とか、存在論的立場を見つけ、モノにした、というわけではない。現時点では、そんな明確なものではなくて、もっと漠然とした感覚に過ぎない。その感覚は、何らか学問的な方法でもっと明確に表現される必要があるのかもしれない。それでも、多分この感覚の方向性自体は、間違っていないのだろうと思える。
 サブディシプリンが明確化すればするほど、狭間にあることを自覚する者にとっては、自分の立場を説明することが難しくなる。仮に、あと一年間のあいだに、僕が自分のスタイルについてもっとアカデミックに明確な根拠づけを手に入れることができたとしても、それが他者への説得的な説明/弁解のツールになり得るかどうかは、わからない。それでも、恐らく自分は、政治思想と経験的分析の間に自らの「政治理論」を位置づけていくだろう、と今は思っている。
 もちろん、そのことは、政治思想と経験的分析の、両者の先端の研究動向から立ち遅れてしまうかもしれない、という不安を持ち続けることも意味するだろう。しかし、それは仕方ないことなのだ。別の考え方をしてみよう。「間」にあることは、頑なにならないためのよいポジションなのではないか、と思うことにしよう。「間」からこそ、そうではないところからは見えない何かが見えてくるのだと、思うことにしよう。そうすれば、きっと道は開かれるだろうと信じることにしよう。

比較福祉政治―制度転換のアクターと戦略 (比較政治叢書)

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熟議の理由―民主主義の政治理論

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構成主義的政治理論と比較政治 (MINERVA比較政治学叢書)

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社会保障――セキュリティの構造転換へ (自由への問い 第2巻)

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